思考を思考

正しさで隠す劣等感

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インターネットで見つけたこの言葉

自己の保身の「正しい」「道理にかなっている」より
全体の平和の「温かさ」「血が通っているか」

職場では
温かさ、血の通った人間らしさを持ちたいけれど
気が付くと正しさ、筋道の正しさを求めてしまう。

 

なぜなのか?

ギスギスした人間関係を自らも作っている気がするので
少しでも人間らしさを取り戻したい…
思考を思考してみました。

 

「正しさ」は何を主体にするかで変わってしまう。

「正しさ」とは何か十人十色の答えが返ってきそう。
AちゃんはBちゃんの嫌いなところをCちゃんに伝えた。
「Bちゃんの悪口をCちゃんに言った」と考えると正しくない事に見える
「Aちゃんは自分の気持ちに嘘をつかなかった」と考えると正しい事に見える
正しさは何を主体にするかで変わってしまう。
「正しい」ってものは変える事が出来る。

 

言い換えると都合よく捻じ曲げる事が出来る。

いろんな視点で見ないで一部の視点で見た結果を正しい事のように表現できる「正しい」は都合がいいのだ。
正当化と相性のいい道具になるのだ。

 

正当化が必要な理由は?

正当化によって弱い自分を守りたいのだ。
正しくないかもしれない自分を正しいと言いたい願望が隠れている気がする
正論を振りかざすのは単なる破壊行為なのかもしれない

 

まとめ

正しさを主張する時自分の視野は狭くなっていないか
相手を許す気持ちもあるか考えてみよう

 

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